東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)70号 判決 1974年10月23日
原告
株式会社東京技術研究所
右代表者
鳥巣享吉
被告
特許庁長官
斎藤英雄
右指定代理人
戸引正雄
外一名
主文
特許庁が、昭和四十年五月二十七日、同庁昭和三九年抗告審判第二四〇号事件についてした審決は取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求の原因
原告は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
鳥巣享吉は、昭和三十三年十二月十八日、名称を「電線」とする考案につき、実用新案登録の出願をし(昭和三三年実用新案登録願第六七〇二七号)、原告は、昭和三十六年二月二十六日、右鳥巣から本願考案について実用新案登録を受ける権利を承継して、同月二十七日、被告に対し右承継の届出をしたが、右出願については、昭和三十七年五月十七日、出願公告をすべき旨の決定があり、同年八月九日、出願公告がされ(実用新案出願公告昭和三七年第二〇五五六号)、同年十一月十六日、実用新案登録をすべき旨の査定(以下「本件登録査定」という。)がされ、その謄本は同月二十七日発送され、同月二十九日原告に送達されたので、原告は同年十二月六日、第一年から第三年までの登録料金一、八〇〇円を、納付書を添えて特許庁に提出した。しかるところ、被告は、同月七日、前記登録査定謄本は誤送であるから返戻されたい旨記載した同月五日付依頼書を原告あてに発送するとともに、同月十二日、前記納付書の不受理処分をして、同月十四日、その処分書の謄本を原告あてに発送し、ついて、同月二十一日、本件出願に対する日本電信電話公社からの登録異議申立書の副本を原告あてに発送した。右依頼書及び副本は、いずれもその発送後間もなく原告に到達したので、原告は、昭和三十八年一月二十九日、答弁書を提出したが、昭和三十九年六月八日、本件出願に対する拒絶査定(以下「本件拒絶査定」という。)があり、その謄本は、同月二十日、原告に送達された。原告は、同年七月十三日、これに対する抗告審判の請求をし、昭和三九年抗告審判第二四〇号事件として審理されたが、昭和四十年五月二十七日、「本件抗告審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年六月九日、原告に送達された。
二 本件審決理由の要点
本願考案は、登録異議申立人が提示する二つの公知文献に記載されたところから、当業者が容易に推考することができるものであるから、これを右理由により旧実用新案法(大正十年法律第九十七号。以下同じ。)第一条の実用新案と認められないとしてその登録を拒絶した査定は妥当である。
三 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、次の点において違法があるから、取り消されるべきものである。
(一) 本件登録査定は、その送達により確定したものであり、確定した登録査定がある以上、同一の出願について重ねて拒絶査定をすることはできず、登録査定の送達があつた後において、前記のような返戻依頼書を送付しても、これにより登録査定ないしその送達の効力を失わせることはできない。したがつて、後にされた本件拒絶査定は違法であるから、これを是認した本件審決は違法である。
(二) 本件出願については、その登録異議申立期間内に登録異議の申立はなかつたものであるから、拒絶査定をすることはできないにかかわらず、右期間内に登録異議の申立があつたとしてした本件拒絶査定は違法であり、したがつて、これを是認した本件審決は違法である。
第三 被告の答弁
被告指定代理人は、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
原告の主張事実中、特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が、その主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。本件出願については、登録異議申立期間内である昭和三十七年十月八日、日本電信電話公社から登録異議の申立があつたにかかわらず、本件登録査定はこれを看過し、これについて同時に決定することなくしてされたものであるから、旧実用新案法第二十六条及び旧特許法(大正十年法律第九十六号。以下同じ。)第七十五条に違反し、無効である。仮に無効でないとしても、そのかしは取消事由に当たるところ、登録査定は、旧実用新案法第二十五条により、その謄本の送達のあつた日から三十日以内は確定しないものであり、被告は、右適法な異議申立の事実を後に発見したので、原告に対し、本件登録査定未確定のうちに、登録査定謄本の返戻依頼書を送付して、本件登録査定ないしその謄本の送達を取り消したのである。仮に、返戻依頼書によつて右のような効果が生じないとしても、後に本件拒絶査定をすることにより、前の本件登録査定は取り消された。したがつて、本件拒絶査定には何ら違法はない。
第四 証拠関係<略>
理由
(争いのない事実)
一本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が、原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二本件審決は、以下に説示するとおり、本件拒絶査定が、本件出願についてすでに登録査定があるのに、重ねてされた違法のものであるにかかわらず、これを適法なものとした点において違法があるといわざるをえず、取消を免れない。
(一) まず、本件において、日本電信電話公社から適法な登録異議の申立があつたか否かの点についてみるに、<書証>並びに<証拠>を総合すれば、日本電信電話公社においては、昭和三十七年十月六日、本件出願に対する登録異議申立書の差出について決裁案を作成し、同月八日までに所定の決裁を経たうえ、同日、右登録異議申立書を特許庁受附に提出して受理され、その際、電気通信研究所名義の特許出願送付簿に右受附の受領印の押捺を受けたことが認められる。もつとも、成立に争いのない甲第三号証によれば、本件登録査定の謄本が原告に送達された後の同年十二月六日、原告が登録料を納付した際、被告において、これを一たん受領していることが認められ、また、原本の存在及びその成立に争いのない甲第九号証の一、二(実用新案出願整理簿写)には、本件出願に関する部分に、「三七、一二、一〇異議」の文字が記入されているが、これらの事実及び証拠を前認定に供した証拠と対比して総合勘案すれば、日本電信電話公社の登録異議申立書は、昭和三十七年十月八日、特許庁に受け付けられたが、何らかの事情により担当審査官に送付されないまま、担当審査官は本件登録査定をし、その謄本が原告に送達されたものであり、実用新案出願整理簿に記載された前記文字は真実の受附日付をあらわすものではないとみるを相当とするから、前記の事実及び証拠からただちに前認定を覆すことはできず、他に前認定を左右するに足りる適確な証拠はない。したがつて、本件出願に対する日本電信電話公社の登録異議の申立は、前示本件出願公告のあつた昭和三十七年八月九日より二月以内である同年十月八日にされたものであるから、右登録異議の申立は、実用新案法施行法第二十一条第一項により、本件出願公告及び登録異議申立に関して適用さるべき旧実用新案法第二十六条及び旧特許法第七十四条第一項所定の異議申立期間内にされた適法なものというべきである。
(二) 叙上確定した事実によると、本件登録査定は、適法な登録異議の申立があつたにかかわらず、これについて決定することなくしてされたもので、異議決定と同時にされたものでない点において、本件に適用されるべき旧実用新案法第二十六条及び旧特許法第七十五条第二項の規定に違反する処分であるというべきところ、右かしについて考えるに、旧実用新案法第二十一条、第二十六条、旧特許法第七十五条その他審査及び登録無効等に関する旧実用新案法並びにその準用する旧特許法の規定に徴すれば、登録異議の決定に対しては不服申立は許されず、右決定に不服のある異議申立人は、登録された後(登録査定を争うことはできない。)、あらためて、その登録無効の審判を請求することによつて争うべきものであり、また、特許庁における審査手続及び抗告審判手続が職権主義を建前とし、審査官又は審判官は、出願に対し、登録異議の申立の有無にかかわらず、所定のすべての点から拒絶の理由があるかどうかを審査して査定すべき職務権限を有するものであり、このような審査(又は抗告審判)を経て、登録査定がされた場合において、なお拒絶理由に該当する事由があるときには、利害関係人は、登録を無効とする旨の審判を請求することができる定めとなつており(なお、旧実用新案法第二十二条第二項の規定によれば、審査官もまた同条第一項第一号所定の無効審判を請求することができる。)、右の諸点からすれば、登録異議の制度は審査官の査定の適正化のためのものと解すべく、更に、本件登録査定謄本送達後の手続について適用される実用新案法第十四条の規定に徴すれば、実用新案権は登録によりはじめて発生し、登録査定があつたというだけでは、右権利は発生するものではないが、登録査定謄本の送達を受けた出願人は、他に特段の事由がないかぎり、同法第三十一条及び第三十二条の規定により、登録査定謄本の送達があつた日から所定の期間内に第一年から第三年までの各年分の登録料を一時に納付すれば、登録を受け、実用新案権を取得しうるという強い期待を有するに至るものというべく、以上の諸点を総合勘案すれば、本件登録査定における旧実用新案法第二十六条及び旧特許法第七十五条第二項の規定に違反する前記かしは、本件登録査定を無効ならしめるものではないのみならず、その謄本を送達した後においては、右かしを理由として本件登録査定を取り消すこともできないものと解するのが相当である。このことは、審査官又は被告において、登録異議の申立にかかる事由が本件出願を拒絶すべき理由に当たると判決することができるものであつたとしても、また、査定に対する不服申立期間内であつたとしても、同様に解すべきものである。
(三) 被告は、本件登録査定の謄本の返戻依頼書又は本件拒絶査定により、本件登録査定は効力を失い、又は取り消された旨主張するが、前説示のとおり、本件登録査定は、その謄本が送達された後においては、前認定のかしを理由としては取り消すことができないでのあるから、その取消処分があつたとしても、その処分は無効というべきである。(なお、附言するに、査定の謄本の送達等に関する旧実用新案法の関係規定に徴すれば、査定謄本の送達には所定の効果が付与されてはいるが、送達自体は査定処分を出願人に告知する行為にすぎないから、謄本の返戻を求めたからといつて、送達の事実及びその効果が消滅するいわれはない。また、成立に争いのない甲第一号証中の被告作成部分及び乙第四号証の十によれば、本件登録査定謄本の返戻依頼書及び本件拒絶査定には、本件登録査定を取り消す旨明示されていないし、登録査定後においては、審査官は拒絶査定をなし、又は登録査定を取り消しうる権限を有しないから、前記返戻依頼書又は本件拒絶査定をもつて、本件登録査定の取消処分があつたものとすることはできない。なお、原告が日本電信電話公社の登録異議申立に対し答弁書を提出したことは、原告の自認するところ、右答弁書の提出により、原告が本件登録査定の取消に異議がなく同意したものとみられるとしても、これにより本件登録査定の取消が有効となる筋合のものでないことは、多言を要しないところというべきである。)
(四) 叙上説示のとおり、本件拒絶査定は、すでに本件出願について本件登録査定が有効に存在するにかかわらず、重ねてされた点において不適法な処分というべく、これを適法とした本件審決はこの点において違法であり、取消を免れない。
(むすび)
三叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び、民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(中川哲男 武居二郎 秋吉稔弘)